第16回 <心のままに>歌う心と繋がる

 

 2016年。新しい年が明けた。今日一日に何か特別な意味があるわけではないが、正月というだけで何だかめでたい気分になるのが嬉しい。

 

 上達コラムも、今回で16回目となる。「今よりもっと納得のいく演奏がしたい!」それだけの気持ちで、ギターと向き合ったその時々の「思い」を書いてきた。内容的には、時に「上達志向コラム」だったり、「上達思考コラム」だったり、自分の中で揺れる思いを一つ一つ整理しながら手探り状態で書いてきた気がする。今年も、昨年同様、肩ひじ張らず、素直な思いを書いていきたい。

 

 さて、ギターに限らず、芸術の世界に、”これでよい”  という限界はない。

歌舞伎の名優で「踊り踊りて あの世まで」という名言を吐いた故人がいる。

「今よりもっと」の思いは、「あの世」までもっていくしかないということだろう。日々の練習をどのような気持ちでやるのか、そのことが重要であることはいうまでもない。上達への王道があるかと問われれば、私もまた「踊り踊りて あの世まで」の心境の中にこそあると答えるだろう。「今よりもっとうまくなりたい」という思いが、終わりのないこの道を "熱を持って” 進むための大事なエネルギーとなるからだ。

 

 芸術とは、職人を通りぬけねば届かない世界である。圧倒的な努力を積み上げて職人技を身に付けたものだけが、芸術家としての門をくぐることを許される。

昨年11月に行われた「NHKフィギュアスケート」で、羽生結弦選手が前人未到の300点越えをたたきだした。電工板に映し出された「322.4」を見た瞬間の会場のどよめきが、今も耳に聞こえるようだ。彼の優勝のコメントは、印象的である。”これまで、自分の限界を越えるハードな練習量をこなしてきたので "世界王者だ”という強い気持ちで滑ることができた。怪我もせず来られた自分の体と、私を支えてくれた周りの人たちに心から感謝したい!”

音楽と一体化して滑る彼の姿には、ハードな練習量から生まれた技術だけではない "何か” を感じさせる王者の風格が備わっていた。そして、続くGPファイナルでも ” 世界最高の自分 " に挑むプレッシャーに打ち勝ち、330.43点で「男子世界初の3連覇」という偉大な記録を打ち立てた。

曲は「SEIMEI]。2期連続で使ったというこの曲は彼の全身に刷り込まれ、音楽との超一体感がこの偉業を成し遂げたといっても過言ではない。「天才は量である」という言葉の真実を、世界中の人が見た瞬間でもあった。

 

 ギター演奏に置き換えて考えてみよう。この世界にもまた、技術だけではどうしても越えられない壁がある。それは、厳しい人生の経験を重ねることで磨かれていく豊かな感性を持つ<心>である。

以前「自分の限界を越える練習量」で指を痛め、しばらく弾けなくなった時期がある。その時期、ほとんど弾く為の練習が出来なかった。だが、その苦しい経験が、「どんな苦難も、次なる良きことへの種を必ず併せ持っている。」という真理に気づかせてくれた。苦しみは大きかったが、その「種」は、私の中で一際輝く宝となった。上達に向かう道は、求める技術を倦まず弛まず求めていくことであり、同時に様々な経験を重ねることで気づき、育まれる感性(豊かな心)を磨く世界である。

50代、60代は、そのための修行の時代と考える。

心のままに、歌う心を身の内に感じながら演奏することに集中していきたい。

                                                   2016.01.01

                                                                                                                                        吉本光男