第6回   決めたことをゼロにしない

 

   野球に詳しくない私だが、イチローの名前はよく知っている。野球界において数々の偉業を達成しつつ、今も尚、大リーガーで現役として活躍し続けるイチロー。その「努力の仕方」は理にかなって奥深く、ギターに置き換えると良く分かる。以下の文は、ベースボールスピリッツ理事長として活躍中の奥村幸治氏がイチロー選手から学んだ成功の要諦について語っている記事の抜粋である。

 

   私は彼ほど長く集中力を保ったまま練習する選手を他に知らない。なぜそれほど長く打ち続けることができるのか。イチロー選手に聞いてみるとこんな答えが返ってきた。

「最初から長い時間打とうとしているわけではありません。ただ、自分にはその日にやらなければならない目標があって、その目標をクリアしようと思って打ち続けていると、2時間でも3時間でも集中できるんですよ。」

一球一球に明確なテーマと目標をもって臨むからこそ信じられないような集中力を発揮できたのだ。またメンタルトレーニングについて尋ねたときは、

「メンタルを鍛える、つまり心を鍛えるっていうのは、自分に必要なことを続ける努力をすることじゃないですか」と答えた。彼の答に興味を持った私は、さらに質問を続けた。

「これだけは絶対に誰にも負けていないと胸を張って言える努力って何?」

「高校の時に寮に入っていた3年間、僕は寝る前に10分間素振りをしていました。そしてそれを1年365日、3年間欠かさず続けました。それが僕の誰にも負けないと思える努力です。」

 

   イチロー選手は、一度自分が決めたことを決してゼロにすることをしなかったのだ。だからこそ、人が驚くほどの集中力、折れない心を持ち続け、今も成長し続けているのだろう。

   私はプロの演奏家である。ギターには毎日向き合う。しかしこれまで、同じ曲を1年365日、練習し続けたことはない。

ハウザー2世のギターに出会って30年以上が経つ。頑固極まるこのギターがようやく思うような音色で応えてくれるようになり、心が再びバッハに向かってきた今、イチローの言葉は魅力的だ。彼はまた「目標を高く持たない」ことが大事だと言う。目標を達成するたびに達成感を味わうことで物事をプラスに考えられるようになっていくからだという

 今年になって、バッハの「リュート組曲BWV996」に本格的に取り組んでいる。この曲を素振りのように、毎日必ず弾くと決めた。1年間365日続ける。

やり始めて気がついたことがある。決めたことをゼロにしないということは、当たり前のことだが、ギターを持たない日はないということである。この累積の事実が引き出す力に限界という言葉は無縁だ。1年後の自分が楽しみである。

                                  2015.03.01

                                                                                                     吉本光男